東京地方裁判所 平成10年(ワ)24325号 判決
原告 佐藤千代
右訴訟代理人弁護士 伊藤まゆ
被告 株式会社東京三菱銀行
右代表者代表取締役 岸暁
右訴訟代理人弁護士 石本哲敏
同 中村規代実
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は、原告の負担とする。
事実及び理由
第一請求
被告は、原告に対し、金一二三〇万円及びこれに対する平成一〇年一一月一〇日から支払済みまで年六分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
本件は、原告が、銀行業を営む被告に対し、普通預金契約に基づき、預金一二三〇万円の返還を求めるとともに、本件訴状送達の日の翌日である平成一〇年一一月一〇日から右支払済みまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求めたのに対し、被告が、右金員は既に預金通帳及び払戻請求書を提示した払戻請求者に払い戻しており、被告は普通預金規定に定められた免責条項に基づき免責されるし、被告の払戻しは準占有者に対する弁済として有効であると主張して、その支払を拒絶している事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、被告との間で、平成九年一一月二七日、普通預金契約を締結し、被告世田谷支店に普通預金口座(以下「本件口座」という。)を開設し、平成一〇年八月一七日当時、普通預金として、金一二八〇万六七〇九円を預け入れていた(争いのない事実)。
2 右普通預金契約は、普通預金規定に基づいており、右規定には、預金の払戻しについて、「この預金を払戻すときは、当行所定の払戻請求書に届出の印章(または署名、暗証の届出がある場合には署名・暗証)により記名押印(または署名、暗証の届出がある場合には署名・暗証記入)して通帳とともに提出してください。」と定められ、印鑑照合については、「払戻請求書、諸届その他の書類に使用された印影(または署名、暗証の届出がある場合には署名・暗証)を届出の印鑑(または署名鑑、暗証の届出がある場合には署名鑑・暗証)と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取扱いましたうえは、それらの書類につき偽造、変造その他の事故があってもそのために生じた損害については、当行は責任を負いません。」という条項(以下「本件免責条項」という。)がある(乙六の1ないし4)。
3 平成一〇年八月一八日午後一二時二六分ころ、被告池袋東口支店において本件口座から金五〇〇万円が払い戻された(以下「本件第一払戻し」という。)。右払戻手続は、同支店定期相談窓口係の増田千文(以下「増田」という。)が担当した。増田は、払戻請求書の印影(以下「本件第一印影」という。)と本件口座にかかる通帳(以下「本件通帳」という。)に添付された副印鑑の印影を照合し、同一であると判断した(争いのない事実、甲一、乙二、一五、証人増田)。
4 同日午後一二時五〇分ころ、被告池袋支店において本件口座から金七三〇万円が払い戻された(以下「本件第二払戻し」という。)。右払戻手続は、同支店定期相談窓口テラーであり昼食時の交替で窓口に出ていた草川由梨子(以下「草川」という。)が、その印影照合を担当した。草川は、払戻請求書の印影(以下「本件第二印影」という。)と本件通帳に添付された副印鑑の印影を照合し、同一であると判断した(争いのない事実、甲一、乙三、一三、証人草川)。
二 争点
本件第一払戻しを行った増田及び本件第二払戻しを行った草川にそれぞれ過失がなかったか。
三 争点に関する当事者の主張
1 被告の主張
次の各事実にかんがみると、本件第一及び第二払戻しにつき、被告担当者の増田及び草川に過失はない。
(一) 本件第一払戻しについて
(1) 増田は、本件通帳及び原告の氏名が記名され原告名下の印影(本件第一印影)が押印された払戻請求書を持参した女性からの払戻請求に対し、右記名と本件通帳の記名の同一性及び口座番号を確認した。
(2) 増田は、払戻請求をした右女性に特段不審な点はないと判断した。
(3) そして、増田は、本件第一印影と本件通帳に添付された副印鑑の印影との印影照合を行い、平面照合により、大きさ、形状、字画、特徴等をポイントとして全体としての一致を確認した結果、同一の印影と判断した。
(4) 被告池袋東口支店において、五〇〇万円程度の取引は一日平均約七件あるから、特に注意の必要な高額な取引とはいえない。
(5) 増田は、窓口担当者として、一日平均約六〇名の顧客に対応しており、その約七割が払戻請求取引であり、その都度印影照合手続を行っているから、印影照合に習熟していた。
(二) 本件第二払戻しについて
(1) 草川は、本件通帳及び原告の氏名が記名され原告名下の印影(本件第二印影)が押印された払戻請求書を持参した女性からの払戻請求に対し、右記名と本件通帳の記名の同一性及び口座番号を確認した。
(2) 草川は、払戻請求をした右女性に特段不審な点はないと判断した。
(3) そして、草川は、本件第二印影と本件通帳に添付された副印鑑の印影との印影照合を行い、平面照合により、大きさ、形状、字画、文字の配置、文字と円の接点等の特徴等をポイントとして全体としての一致を確認した結果、同一の印影と判断した。
(4) 被告池袋支店では、七三〇万円程度の取引は、一日平均約一〇件あるから、本件第一払戻しは特に注意を要する高額な取引とはいえない。
(5) 草川は、窓口担当者として、一日平均約一二〇名の顧客に対応しており、その約五割が払戻請求取引であり、その都度印鑑照合手続を行っているから、印影照合に習熟していた。
(三) 以上の各事実に加え、本件第一及び第二払戻し当時、被告が、原告から本件通帳に関する事故届の提出を受けていなかったことからすると、本件第一及び第二払戻しの印影照合手続としては、平面照合をもってすれば足りるというべきである。
そして、本件通帳に添付された副印鑑の印影と本件第一及び第二印影とは、原寸大の大きさにおいて肉眼でみる限り、その大きさ、形状、字画、特徴等を基にすると、何らの差異もなく、全体として一致していると評価できるから、本件第一払戻しを行った増田及び本件第二払戻しを行った草川にはいずれも過失がない。
2 原告の主張
(一) 本件第一及び第二印影と本件通帳添付の副印鑑とは素人が肉眼で見ても、「佐」の字の「にんべん」の形状や「藤」の字の「くさかんむり」の形状が明白に異なることが分かるし、その他の部分においても長さ、形や角度が異なっている。したがって、増田及び草川がこれらの印影を同一と判断した点に過失があることは明らかである。
(二)(1) 本件第一及び第二印影と本件通帳添付の副印鑑との差異は、拡大コピーを使用したり、ハトロン紙等の薄紙に押印させて照合すれば、よりその違いが明らかとなるところ、被告はかかる印影照合手続を採っていない。
(2) 本件通帳には世田谷支店と記載されており、本件第一及び第二払戻しが取引支店以外の支店での取引(以下「他店取引」という。)であることが明らかであるにもかかわらず、被告は、他の金融機関と異なり、払戻請求書に氏名のみを記載させて、住所、電話番号を記載させておらず、これらの確認をまったくしていない。また、届出印を取り寄せて照合するといった慎重な手続を何ら採らなかった。
(3) 五〇〇万円、七三〇万円といった多額の払戻請求であったにもかかわらず、印影照合以外に何らの確認手続も行っていない。
(4) 本件通帳及び各払戻請求書から原告が女性であることが明らかであるところ、本件通帳を持参して本件第一及び第二払戻しの請求をしたのは男性であったのだから、増田及び草川は、印影照合だけでなくより厳密に本人確認をしなければならなかったにもかかわらず、同人らは特段の確認措置を採らなかった。
以上の事実にかんがみると、被告において、本件第一及び第二払戻しにおける印影照合に際し、必要な注意をしていたとは到底いえない。
(三) 本件第二払戻しは、本件第一払戻しにおいて五〇〇万円の多額の金員が払い戻されたわずか約二四分後に行われたものであることからすれば、草川において当然不審事由ありと判断すべきであるにもかかわらず、同人は、何らの不審も抱かず、漫然と平面照合による印影照合をしたにとどまるから、本件第二払戻しにおける印影照合には過失があったというべきである。
第三当裁判所の判断
一1 争いのない事実、証拠(甲一、二、一〇の1、一一ないし一三、乙一ないし三、四の1ないし3、五の1ないし3、八、一〇の1ないし7、一三ないし一五、証人草川、証人増田、原告本人)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。
(一) 平成一〇年八月一七日現在、本件預金口座の預金残高は一二八〇万六七〇九円であった。
(二) 何者かが、同月一六日から一八日までの間に、原告が本件通帳及び銀行届出印鑑を預けていた次女の中野美津子(以下「中野」という。)方に侵入し、本件通帳を窃取した。ただし、銀行届出印鑑は盗取されなかった。
(三)(1) 同月一八日午後一二時二六分ころ、被告池袋東口支店窓口において、三〇代から四〇代くらいの白っぽい洋服を着て帽子をかぶった女性が、本件通帳及び払戻請求書を同支店定期相談窓口係の増田に提出し、普通預金五〇〇万円の払戻しを請求した。増田は、本件通帳と払戻請求書の記載とを照合し、口座番号及び記名に間違いがないことを確認し、次に本件通帳に添付された副印鑑と本件第一印影との印影照合を行った。印影照合は、<1>副印鑑の印影と払戻請求書に押印された本件第一印影とを見比べた上、<2>副印鑑の上に払戻請求書を重ねて置き、上に置いた払戻請求書をめくって戻すことを繰り返すことにより振動させる方法によった(証拠(乙一五、証人草川)によれば、増田及び草川は、前記<1>及び<2>の方法を併せて平面照合であると陳述ないし供述するが、最高裁判所昭和四六年六月一〇日第一小法廷判決民集二五巻四号四九二頁は、<1>の方法を平面照合と呼称しているので、以下<1>の方法を「平面照合」と、<2>の方法を「残影照合」という。)。増田は、右照合の結果、印影が同一であると判断した。なお、増田は、本件通帳から本件第一払戻しが他店取引であることを認識していたが、それを理由として特段の照合手続を採ることはなかった。
(2) 本件第一払戻しの手続の間、払戻請求をした女性に特に不審な点は見られず、増田は、五〇〇万円を払い戻して右女性に交付した。
(四)(1) 次いで、同日午後一二時五〇分ころ、被告池袋支店一階窓口において、三〇代から四〇代くらいの白っぽい洋服を着て帽子をかぶった女性が、本件通帳及び払戻請求書を同支店定期相談窓口テラーで本件第二払戻し当時、昼食時の交替で窓口を担当していた草川に提出し、普通預金七三〇万円の払戻しを請求した。草川は、本件通帳と払戻請求書の記載とを照合し、口座番号及び記名に間違いがないことを確認し、次に副印鑑と本件第二印影との印影照合を行った。印影照合は、平面照合及び残影照合の方法によった。草川は、右照合の結果、印影が同一であると判断した。この間、払戻請求をした女性に不審な点は見られなかった。なお、草川は、本件通帳から本件第二払戻しが他店取引であることを認識していたが、それを理由として特段の照合手続を採ることはなかった。
(2) 草川は、本件第二払戻しが五〇〇万円を超えるものであることから、右女性に同支店二階窓口で払い戻す旨告げた。そして、草川は、印影照合が終了すると、同支店の後方記帳担当者に本件通帳と払戻請求書を渡し、同担当者は、通帳記入及び事故届の有無の確認などの本件第二払戻しの手続をした。その後、再鑑担当者の嶋田が、払戻請求書の記名及び金額並びにコンピュータの処理内容を確認した上、払戻請求書と本件通帳を同支店二階に送り、同階窓口担当者の内河由紀(以下「内河」という。)が、現金を準備し、田中に金額を確認してもらった後、七三〇万円を払い戻して右女性に交付した。草川は、印影照合の手続において本件通帳の取引明細欄を見ることはなかった。
(五) 本件第一及び第二払戻し当時、被告に本件通帳に関する事故届は提出されていなかったが、原告及び中野は、同年九月一一日、本件通帳が見つからないため被告世田谷支店に連絡したところ、本件通帳か盗取され、本件第一及び第二払戻しがされていることを知ったので、中野が世田谷警察署に被害届を提出した。
2 これに対し、原告は、本件第一及び第二払戻しを請求し金員を受領したのは男性であると主張する。
しかし、右主張を裏付ける証拠としては被告池袋東口支店及び池袋支店の防犯ビデオから警察が撮影したとされる写真(甲七、八の1、2)しか存在しないところ、証拠(乙五の2、3、一〇の5ないし7、一四)によれば、甲八の1、2に写った男性が立っている中央の窓口は、被告池袋支店二階の為替振込み又は公共料金等の支払窓口であり、預金払戻しの窓口ではないと認められるから、原告の右主張は採用できず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。
二1 本件免責条項にいう、被告が払戻請求書の印影を届出の印鑑と相当の注意をもって照合し、相違ないものと認めて取り扱った場合とは、民法四七八条の定める債権の準占有者に対する弁済の一場合を注意的に規定したものにすぎず、被告が免責されるには、払戻請求を行った者が正当な権利者であると被告が信じたことに過失がなかったことを要すると解するのが相当である。
そして、銀行の印鑑照合を担当する者が、払戻請求書の印影と届出印の印影又は副印鑑と照合するに当たっては、特段の事情のない限り、折り重ねによる照合や拡大鏡等による照合をするまでの必要はなく、肉眼による平面照合の方法をもってすれば足りると解される。この場合、担当者は、銀行の印影照合担当者として、社会通念上一般に期待されている業務上相当の注意をもって慎重に照合を行うことが要求され、右事務に習熟している銀行員が右のような注意を払って熟視するなら、肉眼で発見し得るような印影の相違が発見し得るのに、そのような印影の相違を看過した場合には、銀行には過失があり、民法四七八条はもとより、本件免責条項の適用もないものというべきである。
2(一)(1) これを本件第一払戻しについてみると、前記一1(三)(1) 、(2) 、(五)のとおり、増田は、本件第一払戻しは五〇〇万円の普通預金の払戻しであること及び他店取引であることを認識していたが、請求者たる女性に特に不審事由がなく、本件通帳につき事故届が提出されていなかった。ところで、証拠(乙一五)によれば、被告池袋東口支店においては本件当時一日当たり約五〇〇〇人の来客があり、そのうち一〇〇万円以上一〇〇〇万円以下の預金払戻しを求める客が一日平均約一〇件あったことが認められ、右事実によれば、本件第一払戻しの五〇〇万円という金額は特段の注意を要するほどの高額取引ではなかったと認められる。また、証拠(乙六の1ないし4、証人草川、証人増田)及び弁論の全趣旨によれば、被告においては、本件第一及び第二払戻し当時、他店取引が特段の不審事由であるとは認識されておらず、他店取引であることを理由にして特に払戻請求書に記名の外住所、電話番号の記載を求めるなど格別の確認手続をするよう指導されておらず、増田及び草川もかかる確認措置を採っていなかったところ、本件まで特段の問題が生じてはいなかったことが認められる。以上の事実にかんがみると、本件第一払戻しについて、特段の事情は認められず、印影照合においては、肉眼による平面照合の方法で行えば足りると解される。
(2) そして、証拠(甲三、一〇の1、乙一、二)によれば、被告の普通預金印鑑票兼暗証番号届上の印影(乙一)(本件通帳は証拠として提出されていない。)と本件第一印影(乙二)とを対比すると、「藤」の字の「くさかんむり」の崩し方にやや違いがあり、また、わずかではあるが字全体がややずれているが、そのずれは平面照合においては判別することができないほどわずかなものであり、また、「くさかんむり」の崩し方の違いについても、インクの付き方や押捺の仕方などの事情で異なってくる範囲の違いにすぎないとみることができ、その他の部分については、大きさ、形状、字体、配置、枠と文字の接し方等について同一といって差し支えないほどのものであり、両者は極めて酷似した印影であると認められる(なお、原告は、普通預金印鑑票兼暗証番号届上の印影と本件第一印影を拡大コピーした上で対比し、両者には異なる点が多数存在すると主張するが、後記(三)のとおり、本件各払戻しにおいて拡大コピーを使用して印影照合を行う必要がなかったし、前記に指摘する以外の部分については、右各印影の拡大コピーを用いない平面照合の方法では判別することができない。)。そして、前記一1(三)(1) 、(五)のとおり、増田が平面照合及び残影照合によって本件通帳添付の副印鑑と本件第一印影との印影照合を行っていたこと、事故届が提出されていなかったことを併せると、本件第一払戻しに際して印影照合をした結果、印影が同一であると判断して本件第一払戻しに応じた被告に過失がなかったと認められる。
(二)(1) 次に本件第二払戻しについてみると、前記一1(三)(1) 、(四)(1) 、(2) 、(五)のとおり、草川は、七三〇万円の普通預金の払戻しであること及び他店取引であることを認識していたが、請求者たる女性に特に不審事由がなく、本件通帳につき事故届も提出されていなかった。ところで、前記(一)のとおり、他店取引は特に注意を要するほど不審な取引であったとはいえず、また、証拠(乙一三)によれば、被告池袋支店においては七三〇万円程度の払戻しは、一日平均一〇件程度あったことが認められ、特段の注意を要するほどの高額取引ではなかったと認められる。
したがって、本件第二払戻しについても特段の事情は認められず、印影照合においては、肉眼による平面照合の方法で行えば足りると解される。
(2) そして、証拠(甲三、一〇の1、乙一、三)によれば、被告の普通預金印鑑票兼暗証番号届上の印影と本件第二印影(乙三)を対比すると、「藤」の字の「くさかんむり」の崩し方がやや違う外は、大きさ、形状、字体、配置、枠と文字の接し方等について、ほぼ同一といえるほど酷似した印影であり、右相違点もインクの付き方や押印の仕方などの事情によって生じたものとみることのできる程度の差異にすぎないことが認められる。そして、前記一1(四)(1) 、(五)のとおり、草川が、本件通帳添付の副印鑑の印影と本件第二印影とを平面照合及び残影照合により照合を行っていたこと、事故届が提出されていなかったことを併せると、本件第二払戻しに際して印影照合をした結果、印影が同一であると判断して本件第二払戻しに応じた被告に過失がなかったと認められる。
(三) これに対して、原告は、本件第一及び第二払戻しが他店取引であり、かつ、金額の大きい取引であることが不審事由に当たるとして、本件第一及び第二払戻しにおいては、平面照合では足りず、拡大鏡、拡大コピーを用いた印影照合やハトロン紙等の薄紙に押印させて副印鑑と重ね合わせて照合し、また、払戻請求書には氏名だけでなく住所及び電話番号も記載させた上、取引支店である被告世田谷支店に届出のある住所、電話番号と照合すべきであったと主張する。
しかし、銀行取引の大量迅速性にかんがみると、原告が主張する印影照合の方法は銀行の事務処理手続上不可能を強いるものであるから、一般的に採用できないし、前記(一)及び(二)のとおり、本件第一及び第二払戻しの各払戻し額や他店取引であった事情は、印影照合において肉眼による平面照合では足りないとする特段の事情に当たると認めることはできない。
また、証拠(甲四の1、2、五)によれば、預金の払戻しが他店取引である場合には、払戻請求書に届出の住所及び電話番号を記載させる取扱いをしたり、他店取引専用の窓口を設置している銀行が存在することが認められるが、前記第二、一2のとおり、被告の普通預金規定には、払戻請求書に届出の印章による記名押印して通帳と共に提出した場合に払戻しに応じる旨が定められており、そして、銀行届出印は通常預金者本人ないしその正当な授権を受けた者が所持して預金払戻しを請求するものであることからすれば、被告において、他店取引の場合に、払戻請求書に住所及び電話番号を記載させ、届出のある住所及び電話番号との照合を行っていなかったことをもって過失があったということはできない。
(四) また、原告は、本件第二払戻しが、本件第一払戻しの約二四分後に行われたものである以上、被告池袋支店において本件第二払戻しが不審だと認識し、特に注意して印影照合をすべきであったと主張する。
しかし、証拠(乙一三、一五、証人草川、証人増田)によれば、本件通帳には払戻しの日付けは記帳されるがその時間までは記載されないこと、被告において自己の取り扱った取引以外の取引についても確認するような指導はされていなかったことが認められ、これに、前記1(四)(2) のとおり、草川は、印影照合において本件預金通帳の取引明細欄をまったく見ていなかったことを併せると、草川において本件第二払戻しが不審であったと認識する余地がなく、原告の主張はその前提を欠くし、本件預金通帳の取引明細欄を見ることにより、当該取引以外の取引についても確認して不審の有無を調査すべきであるということもできず、被告の指導に過失があったとすることもできない。
三 以上によれば、本件第一及び第二払戻しを行った被告には過失がなく、右各払戻しは有効であるから、原告の請求は理由がない。よって、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 前田順司 裁判官 成田晋司 裁判官長屋文裕は、転官のため署名押印することができない。裁判長裁判官 前田順司)